「ビートたけしの歴史的大発見 名画モナ・リザはもう一枚あった!」を見ました。
これも「ダ・ヴィンチ・コード」の影響による番組の一つのようでしたが、
私にとっては、テレビでとはいえダ・ヴィンチの「もう一枚のモナ・リザ」が
見られるかもしれないというので、ドキドキ、ワクワクの番組でした。
大学の西洋美術史の講義の中で、教授が色々な説を話してくださったので「もう一枚のモナ・リザ」に対する興味はずっと持っていました。
ちなみに、日本で一般的に「モナ・リザ」と呼ばれる作品は、美術評論家のヴァザーリの「美術家列伝」の中で、この絵のことをエリザベッタ・デル・ジョコンダの肖像画であるとして「モナ・リザ」(リザ夫人)と記したことによるためです。そのため、国によっては「モナ・リザ」と呼ぶところもあれば、「ラ・ジョコンダ(ジョコンダ夫人)」と呼ぶところもあります。
さらに余談を言うと、ジョコンダ家は、フィレンツェの裕福な商人の家です。
しかしながら、実際のモデルについては今現在も不明とされています。
さて、『もう一枚の「モナ・リザ」が存在するのでは?』という説の根拠となっている資料や文献はいくつかあるようですが、番組内で取り上げられていたのは以下の2つでした。
@美術評論家のヴァザーリの「美術家列伝」の中の記述
「ジョコンダ婦人は若く、唇が赤く、眉は濃く薄くのびている」
→ルーブル美術館の「モナ・リザ」はその条件を満たしていない。
Aラファエロが模写したモナ・リザには、現在のモナ・リザには存在しない
柱が両脇にあり、人物そのものも、より若い。
→ラファエロが模写したのは、ルーブル美術館の「モナ・リザ」とは異なるのではないか?
この他にも、美術研究家の間では色々な資料や文献の記述からもう一枚のモナ・リザの存在が根強く囁かれ、研究者の間でも色々な説があるようです。
つまり番組としては、ダ・ヴィンチが死ぬまで所有し、現在ルーブル美術館にある作品が「モナ・リザ」で、ヴァザーリの「美術家列伝」の中の記述やラファエロが模写した方の作品は「ジョコンダ夫人の肖像画」で、もう一枚の「モナ・リザ」として存在するのではないかと……という仮説で、世界中を探し回ったようです。
そこで登場したのがスイス銀行の地下金庫に保管されていた“アイルワース版モナ・リザ”でした。
「モナ・リザ」ほどの深みはないとは言え、モデルの若々しい美しさが感じれ、やさしい微笑みをたたえた口元や肌の質感などは「モナ・リザ」に酷似して見える作品でした。
背景は、まだ描きかけか、弟子の手によるものか…という感じでしたが、ダ・ヴィンチの作品ではないかと思える素晴らしい作品に見えました。ただ、テレビの映像だと真偽のほどはわからないし、科学的な調査が終了が待たれるな〜という感想でした。もしも、一般に公開されることになったら、自分の目で見てみたいので絶対に見に行きたいと思ってます。
『もう一枚の「モナ・リザ」』というのは、芸術的・歴史的なロマンなのかもしれません。
全世界的に有名な絵のため、もしも世界のどこかに存在したとしても、その芸術的・歴史的価値から考えると、コレクターが所有している場合も、ブラック・マーケットをさまよっている場合にも、歴史の表舞台に出てくる可能性の少ないものだからです。
しかし、こんな「もしも」が500年たった今でも考えられるほどに「モナ・リザ」の微笑みは神秘的であり、世界中の人々を惹きつけれやまない作品なのだと改めて思いました。
「モナ・リザ」は、世界的な名画ですが、描かれている女性は必ずしも美人とは言えません。
黄金比を考えてもバランスのとれた顔立ちなのですが、男性にも見える中性的な顔であり、絶世の美女ではありません。ですが、内面の美しさというか奥深さを感じます。
絵の前に立って自分が見ているはずなのに、逆に「モナ・リザ」に自分が見られているようなそんな錯覚にとらわれる絵です。多分「モナ・リザ」に描かれてた人物が絶世の美女であったとしたら、こんな錯覚を覚えることはないはずです。そのため、ここまでの名画にはならなかったかもしれません。この辺も計算の内だったとしたら、ダ・ヴィンチはやっぱり天才であり、預言者のような人だったのかもしれません。
きっと天国で楽しみながら「ダ・ヴィンチ・コード」に騒いでいる私達を眺めていることでしょう。
【追記】
※「モナ・リザ」は誤報!?日テレに抗議文
東北大学大学院の田中英道教授(西洋美術史)が28日、「もう1点がコピーであることは学会でほぼ結論づけられている」などとして同局に抗議文を送った。
私は、いろんな仮説があっても面白いと思っています。
確かに真実がどうなのか、科学的に調査したり歴史学的に研究されることもとても重要なことですが、いろんな仮説を唱えるのは自由ですし、本当の真実はレオナルド・ダ・ヴィンチ以外にはわからないと思っているので……。

